秋田地方裁判所 昭和34年(むの1)210号 判決 1959年8月12日
被告人 紀国栄 外二名
決 定
(被告人氏名略)
右の者等に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件につき、昭和三十四年七月二十日秋田警察署司法警察員警部佐藤政五郎が秋田営林局内全林野労働組合秋田地方本部事務局においてなした押収処分及び同日米内沢警察署司法警察員警部補大山茂が合川営林署内全林野労働組合合川営林署分会事務局においてなした押収処分につき被告人等の弁護人より夫々取消の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件各申立を棄却する。
理由
本件申立の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
所論に鑑み一件記録並に押収の証拠物を仔細に検討して本件押収処分の当否を審究するに
(一)昭和三十四年七月二十日秋田警察署司法警察員警部佐藤政五郎が秋田市東根小屋町五十二番地秋田営林局内全林野労働組合秋田地方本部事務局においてなした押収処分及び(二)同日米内沢警察署司法警察員警部補大山茂が秋田県北秋田郡合川町新田目字大野八十二番地合川営林署内全林野労働組合合川営林署分会事務局においてなした押収処分はいずれも同月十九日附米内沢警察署司法警察員警視菅原源太郎の請求により同日大館簡易裁判所裁判官の発した捜索差押許可状に基き夫々適法になされたものである。
ところで被告人等に対する右請求書並に逮捕状に示された被疑事実には被疑者等は「共謀の上」という文言を使用し、その後の勾留状並に起訴状には共謀の字句が使用されておらないことは所論指摘のとおりである。然し捜査当局において探知した被疑事件の実体を考察してみるに全林野労働組合においては出来高制廃止、日給制切替え斗争の拠点に指定した合川営林署におけるそれまでの坐込み戦術を解き同年七月六日より生産現場に斗争態勢を移行し、被告人紀国栄は全林野労働組合秋田地方本部執行委員として、又被告人渡辺茂雄は同組合合川営林署分会執行委員として、夫々右斗争の指導に当つて来たところ、同年七月十六日北秋田郡合川町大字鎌の沢所在合川営林署雪田沢事業所において偶々同営林署事業課長横尾幸八及び秋田営林局監査課農林技官佐藤良辰の両名が用務を帯びて来所した際、被告人等三名は同分会組合員約四十名と共に多衆の威力を示して横尾幸八等を取囲み喚声を上げて同人の胸倉を掴み、或はスクラムを組んで肘突きを加える等の暴行を加えたという所謂暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実を内容とするものであつて、共謀の字句の有無に拘らず、両者の前後においてその実体には何等の異同を発見することはできないのである。所論は捜査当局が当初共謀の字句を使用したのは、本件を全林野労働組合の指示と結びつけて同組合の書類、情報を入手する手段とした陰謀の現われであると主張するけれども捜査の経過並に右に示した被疑事実の実態の異同を検討すれば、共謀の字句にそれ程までの「たくらみ」があるとは到底認め難く、他に記録、証拠物を検討してみても本件の捜索差押処分に所論の如き陰謀乃至は組合活動の情報を入手して組合活動を妨害する意図が存在したと推認することはできない。然して、この点は本件が弁護人主張の如く極めて偶発的な事件であつたとしても何等叙上の認定に消長を及ぼすものではない。
次に一件記録並に前説示の被疑事実(起訴事実)の実態に鑑みれば本件の押収物(既に仮還付されたものが相当数あることは記録上明かである)はすべて公訴維持のため必要があるものと推認されるので、現在尚押収処分を継続することは憲法第二十八条に違反するという弁護人の主張は畢竟独自の見解に過ぎず、採用の限りでない。
次に前記(二)の合川営林署内全林野労働組合合川営林署分会事務局における捜索差押の執行に当り立会人として合川営林署長川島正子、同庶務課長阿部賢一、同署員松岡昭夫の三名が立会人としてこれに立会つていることは記録上明かである。
所論は同分会書記長伊原喜八郎が右執行の現場に居合せたにも拘らず、川島正子署長を立会わしめたのは刑事訴訟法第百十四条第二項の趣旨を没却するものであり、又交渉相手の署長を立会人として組合関係書類を閲覧させ、同人をして同分会の内情を知らしめ、且つ押収品目録を同人に交付したのは明かに刑事訴訟法第百二十条憲法第二十八条(申立書に憲法第二十条とあるは誤記と認める)に違反する措置であると主張する。
然し、右捜索差押許可状に示された捜索の場所は合川営林署及び同庁舎内の全林野労働組合合川営林署分会事務局であることが記録上明かであり、同分会事務局が合川営林署庁舎内に存在する場合庁舎の管理責任は一切署長に存するのであるから、本件においては刑事訴訟法第百十四条第一項に従い、合川営林署長を立会わしめるを正当と解すべく同条第二項を適用すべき場合ではない。そして記録を精査しても同署長を立会わしめて所論憲法違反の事実を犯したと推認すべき事情を発見することもできない。然して押収品目録の交付を要請した刑事訴訟法第百二十条の趣旨は所有者の有する権利を明確にするがためであり、同条により目録の交付を受けることのできるものは押収物についての所有者、所持者、保管者又はこれに代るべきもののすべてであつて必ずしも押収を受けたものに限るべき理由はないのであるから、本件の押収品目録を所論の如く立会人川島正子に交付したからといつて同条に違反するということはできない。
他に記録並に証拠物を精査検討しても本件の押収処分を取消すべき何等の違法を発見することはできない。論旨はいずれも理由がない。
よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第一項を準用し、本件各申立を棄却すべきものとして主文のとおり決定する。
(裁判官 三浦克已 片桐英才 浜秀和)
準抗告申立書
(被告人氏名略)
申立の趣旨
右の者三名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件につき、昭和三十四年七月二十日秋田警察署司法警察員警部佐藤政五郎が秋田営林局内全林野労働組合秋田地方本部事務局においてなした押収処分、同日米内沢警察署司法警察員警部補大山茂が合川営林署内全林野労働組合合川営林署分会事務局においてなした押収処分は、それぞれ取消す。
申立の理由
一、本件被疑事実はまつたくの偶然的事件である。そのことは本件において発せられた逮捕状および勾留状の記載事実を綿密に読みくらべれば判明する。
二、警察当局は事前に被害者と称する横尾幸八及び佐藤良辰に事情をきいているに相違ない。そうすれば本件が偶発的な事件であることはあらかじめわかつていたと思う。
三、逮捕状に被告人三名が共謀しとあるが、勾留状、起訴状には、共謀の事実はなくなつている。それはとても共謀などといえる状況になかつたことを示す。なぜ逮捕状に共謀といれたか。それにはたくらみがある。共謀を組合の指示とむすびつけて、労働組合の書類を手に入れるため捜索差押令状をうる手段として、共謀の字をわざわざいれたのである。
四、このような押収処分は令状にもとずくとは、労働組合活動の情報を不正な手段で手に入れようとし、また組合活動を妨害する目的でなされた処分であるから、憲法第二十八条に違反する不法な処分である。
五、仮りに警察官が捜査の端緒において計画された事件であるという疑うに足りる相当な理由があつたとしても、起訴の現段階において偶発的事件であることがあきらかになり、全林野労働組合秋田地方本部、同合川営林署分会の活動と直接には関係がなく、その書類は事件に関連性がないことが判明したのであるから、ただちにその全部を返還すべきであるにもかかわらず、なお、その押収をつづけていることは憲法第二十八条の団結権に対する侵害である。
六、全林野労働組合合川営林署分会事務局の捜索において大山茂は同分会書記長伊原喜八郎がその場にいたにもかかわらず、同分会と労働条件について争いがあり、交渉中であつた相手方の合川営林署長川島正子を立会人として組合関係書類一切を閲覧させて、同分会の内情をしらせ、押収品目録を右川島に交付した。右の処分は憲法第二十条の団結権の侵害である。同分会事務局は合川営林署の建物内にあるが、その室は同分会に貸与されており、同分会の排他的な占有権があり署長といえどもみだりに立入できるものでなく、まして保管されている書類を閲覧したり処分する権利はない。この捜索差押は刑事訴訟法第百十四条第二項によるべきであつて、同条第一項によるべき性質のものではない。また右川島は押収された書類の所有者、所持者若しくは保管者又はこれらの者に代るべき者でないことはあきらかであるから、その者に対する押収品目録の交付が刑事訴訟法第百二十条に違反することはいうまでもない。
(以下略)